体験しているだけ

義理の両親が80才を過ぎ体調不良になったり足が弱くなって、

「無理をしないように」「安静に」という言葉がけが多くなった。

両親は、若い気でいるから思うようにならない身体を「なんでやろう?」と何度も言っている。


先日、主人が健康とダイエットの為に、サウンドバックを購入。

私も数分だけ無理にならない程度にやってみた。

案外いけるかも…。

そう思って息子に「お母さん結構足上がって蹴れたわ」と

ちょっと自慢気に話したら「僕からみたらお母さんたちがおじいちゃんやおばあちゃんを心配している気持ちと同じやで。怒るかもしれんけど…。」

え~ちょっと待って!私そんなに危なげなのか?!

心配する側とされる側同じように体験するって私自身言ってることだけど

当事者になると「え~!」直ぐには受け取れなかった。

納得したくないことだけど、息子の年齢から見れば危なっかしいよね。

実際、私おでこからこけたし…。

自覚が有る無しに関わらずする側とされる側を体験していく。

タイムラグがあるから忘れてしまっていることもあるけれど…。

そのことを良い悪いとジャッジすることなく「あっ!そうか~。」と受け止めていく。

ただそれだけのこと。

受け取るとか両方を体験しているだけのこと…なんて息子と話したことはないのに

息子に気づかされた出来事でした。





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by siawase0604 | 2016-09-26 11:34 | Comments(0)